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神戸地方裁判所 昭和39年(人)1号 判決

神戸拘置所在監

請求者兼被拘束者

平野政雄

右代理人弁護士

難波貞夫

拘束者神戸拘置所長

大畑好蔵

右指定代理人法務事務官

大西理一

主文

被拘束者を釈放する。

本件手続費用は拘束者の負担とする。

事実

請求者兼被拘束者代理人は、主文第一項と同趣旨の判決を求め、請求の理由として、つぎのとおり述べた。

(一)  請求者兼被拘束者(以下単に請求者という)は、業務上横領の被疑事実につき昭和三一年二月一二日神戸地方裁判所裁判官百村五郎左衛門が発した勾留状により神戸拘置所に勾留され、業務上横領等被告事件により同年二月二五日、三月九日、同月二九日神戸地方裁判所に起訴された後、昭和三二年五月三一日付保釈許可決定に基づき同年六月一〇日同拘置所より釈放されたが、昭和三九年五月一二日同裁判所において右被告事件につき、懲役四年に処する判決の宣告を受け、同日請求者は神戸拘置所に収監され、爾来現在に至るまで同拘置所に拘束されている。

(二)  しかしながら、請求者は右拘束の当初以来その理由を告げられたことも、令状を示されたこともないから、右拘束は刑事訴訟法第三四三条、第九八条、同規則第九二条の二所定の収監手続を践まずになされたもので、ひいては憲法第三一条、第三三条、第三四条に違反するものである。

なお、請求者は、昭和三九年五月二三日神戸地方裁判所から勾留更新決定の通知を受けたので、右拘束は前記のように憲法に違反するとして、右勾留更新決定に対し同月二五日大阪高等裁判所に抗告したが、同年八月一九日同抗告を棄却する旨の同月一七日付の決定の告知を受けたので、同月二四日付で最高裁判所に特別抗告の申立をなしたものの、右特別抗告に対する裁判がなされるまでにはかなりの期間を要し、相当の期間内に救済の目的が達せられないことが明白であるから、本件請求に及んだ。

拘束者代理人は、請求者の請求を棄却し、請求者(被拘束者)を拘束者に引き渡す旨の判決を求め、拘束の理由として、つぎのとおり述べた。

請求の理由中(一)の事実は認めるが、請求者に対する拘束は適法である。すなわち、請求者は昭和三九年五月一二日神戸地方裁判所において業務上横領等被告事件につき懲役四年・未決二五〇日算入の判決の宣告を受け、前記保釈がその効力を失つたため、同日神戸地方検察庁検察官福屋憲昭の指揮により神戸地方裁判所裁判官が発した勾留状の謄本に基づき法に定められた手続に従つて収監され、その後勾留更新を繰り返して、請求者を拘束しているものである。

疎明<省略>

理由

一、請求の理由(一)の事実は当事者間に争いがなく、<疎明省略>によれば、請求者は昭和三九年五月一二日神戸地方裁判所において業務上横領等被告事件につき、徴役四年・未決二五〇日算入の判決の宣告を受け、保釈がその効力を失つたため、同日神戸地方検察庁検察官福屋憲昭の指揮により神戸拘置所に収監され、その後同年五月二一日、六月一三日、七月一六日、八月八日にそれぞれ同裁判よつて勾留更新決定がなされたことが認められる。

二、ところで、請求者は、右収監の理由を告げられたことも令状を示されたこともないから、収監手続は違法であると主張するのでこの点について判断する。

<疎明―省略>を綜合すると、神戸地方検察庁令状係検察事務官竹内正樹は、前記判決の宣告当日同庁検察官福屋憲昭の指揮に基づき請求者の収監手続をする際、未だ刑事訴訟規則第九二条の二所定の勾留状謄本の交付を受けておらず、これを請求者に示すことができなかつたので、同日午前一一時五〇分ごろ同検察庁において同人より便所へ行かせてもらいたいとの申出がなされたとき、「保釈中に実刑の判決の言渡があつたのでこれから収監するから自由に行動されては困る。」と申し向け、同人に口頭で保釈失効により収監する旨を告知し、間もなく同庁舎内に設置せられている代用監獄の兵庫県警察本部警察官詰所に連行し、同詰所勤務の司法警察職員に対し収監指揮書と共に請求者の身柄を引き渡したこと、同日午後三時半過ぎごろ神戸地方裁判所から勾留状謄本の交付を受けたが、同検察事務官は右勾留状謄本を請求者に示したり、これを読み上げたりすることもなく、同人の身柄を勾留状謄本と共に同日午後五時ごろ神戸拘置所に引き継いだことが認められ、さらに、証人<省略>の証言によると、同拘置所庶務課名簿係看守田中峯雄は、同日午後五時一〇分ごろ同拘置所において、請求者の面前の机上に収監指揮書を前記神戸地方裁判所より発布された刑事訴訟規則第九二条の二所定の勾留状謄本の上に重ね置き、右収監指揮書および拘置所備付けの身分帳に基づき請求者に対し収監に必要な範囲の事項すなわち、氏名、身上、家族関係のほか保釈出所の日や実刑何年か等を問いただした程度で、右勾留状謄本については既に検察庁において同人に示されているものと思い込んでいたので、特にこれを同人に示さなかつたのはもちろん、これを読み上げることもしなかつたこと、もつとも、その際、田中看守が最上部にのせてある収監指揮書をめくつて勾留状謄本の第一面(表面)に記載されている事件名と身分帳の事件名とを請求者に問いただしたりすることなく独自で対照したことはあるが、被疑事実、勾留事由および判決の宣告をした裁判官の認証部分等が記載されている右謄本の第二面(裏面)以下は全く面前に顕出されておらず、従つて請求者自身においても到底その内容を了知し得る状況にはなかつたことが認められ、他に右勾留状謄本が請求者に示されたり、読み上げられたりしたことを窺うに足りる疎明方法はない。

そうだとすると、請求者に対する保釈失効による収監は、勾留状謄本を所持していなかつたのでこれを示すことができなかつたため、いわゆる緊急執行として同人に対し保釈失効により収監する旨を告げてなされたけれども、その後において勾留状謄本を示したり、あるいはその読み上げなどもしていないことが明らかであるから、この点において本件収監手続は刑事訴訟法第三四三条が準用する同法第九八条第二項但書に反するものというべきである。

思うに、禁錮以上の刑に処する有罪判決の宣告によつて保釈が当然失効した場合、裁判長または裁判官の認証ある勾留状謄本を被告人に示して収監することとした同法第三四三条、第九八条、刑事訴訟規則第九二条の二は、人権保障の観点から憲法第三三条、第三四条の趣旨に則つて規定されたものと解すべきであるから、右法条に違反して勾留状謄本を示すことなくなされた被告人に対する収監手続は、法令の定める方式もしくは手続に著しく違反していることが顕著であるといわなければならない。

三、右のとおり、請求者に対する本件収監手続が違反である以上、右手続が適法になされたことを前提に、同人に対してなされた前記の各勾留更新決定はいずれもその効力がなく、同人は昭和三九年五月一二日神戸拘置所に収監されて以来不法に拘束されていることになるのである。

そして、<疎明―省略>によれば、請求者は神戸地方裁判所が昭和三九年五月二一日なした勾留更新決定に対し、本件請求におけると同一の理由により同月二五日大阪高等裁判所に抗告したが、約三か月も経過してようやく同年八月一九日にいたり同抗告を棄却する旨の同月一七日付の決定の告知を受け、同月二四日付でこれに対し最高裁判所に特別抗告の申立をなしたことが認められる。

右のような経緯からすると、この特別抗告に対する最終的判断がなされるまでには未だかなりの日時を要するものと推測するに難くないから、右救済方法によつて相当な期間内に救済の目的が達せられないことが明らかである。

四、よつて、請求者の本件請求は理由があるからこれを認容し、手続費用について人身保護法第一七条、民事訴訟法第八九条を各適用して、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官関護 裁判官永岡正毅 辻忠雄)

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